2018年9月13日 木曜日 AM8:00 強制調査
ブブブブブ、近くのファミレスで早朝ミーティング中に会社からの着信バイブ、川村は何かいつもと違う嫌な予感がした。
「社長、国税局の方たちが大勢来ています!すぐ事務所に戻って下さい」
何事が起きたかすぐにはピンとこない、咄嗟に頭に浮かんだ知人に川村は電話を掛けた。出ない・・・やっと事態が呑み込めてきた。事務員からの電話で呼び戻された川村が会社に着くと、事務所の入り口から溢れるほど、さらには駐車場までわっさわっさと大勢の人間で凄いことになっている。
川村が車から降りて事務所内へ入ると、まず査察官から捜索差押令状を見せられた。令状を取っての強制調査だから、拒否はできない。そうして身体検査、洋服の上から何か隠し持っていないか調べられる。携帯電話は速攻で査察官に没収され、電話が鳴っても出られない。それからは色々な質問をされて説明を求められ、日没まできっちり拘束された。
日没までという制限時間内で、査察官たちは昼食も休憩も取らずに脱税の証拠を探していく。川村は昼食をとったり休憩したりはできるが、一人にはさせてもらえない、査察官の目の届くところにいなくてはいけない。と言ってもさほど広くはない事務所で大勢の人間がひしめきあって、一人になれるのは捜索済みのトイレの中ぐらいだ。
川村たち建設業界でいう職長のような現場責任の査察官が、本部の司令塔らしき人物と逐一連絡を取り合い、他の調査ヶ所と連携しながら捜索を進めている。
川村の事務所だけじゃない、この査察調査でマルサに突然踏み込まれたのは全部で20数か所、関係者のそれぞれ会社、自宅、施設などに一斉捜索が入っていた。
このガサ入れで持っていかれたのは携帯電話、タブレットはもちろん、パソコンやメモリー、外付けハードディスクなどのOA機器、通帳やキャッシュカード(法人・個人)、請求書や支払い通知書、作業日報、工事台帳などの書類が、テレビドラマで見るように段ボール箱に入れられてどんどん運ばれていく。
運ばれたモノは全て記録係が場所や時間などを記録していくから時間が掛かる。奥の部屋の窓際の机、右側袖引出の中段とか実にきっちり細かく書いている。査察部隊が引き上げるときにこの記録した紙のコピーを置いて行ってくれるので、まぁ後々思い出すときには実に分かりやすかったようだ。
とにかく根こそぎ査察部の実行部隊に持っていかれたため、このあとの仕事への支障は半端なかった。急ぎパソコンを新しく購入し、ネットバンキングや会計ソフトの設定など面倒な作業をやってのルーティン復活、社員が共有するデータはクラウド保存だったので助かった。電話一本で仕事していたような川村は当時まだガラケーだったから、押収された川村の携帯はすぐに返却可能になり築地の国税まで取りにいったが、タブレットの方はLINEや写真などのデータを抜き取るため、返却までかなりの日数が掛かるようだったから、仕方なく新しいのを調達することになった。
多分、総勢100人を超える態勢での査察部の乗り込みだったと思われる。しかし、これだけの査察部隊を動員しての強制調査に、乗り込まれた川村も腑に落ちなかったが、乗り込んだ査察部隊も腑に落ちなかったはずだ。なぜなら、何もブツが出てこなかったからだ。
映画やテレビドラマでは、高級車や大量の現金、別荘やクルーザーなどが隠されていたりする。しかし川村の事務所には高級絵画が飾られているでなく、倉庫のシャッターを上げても、中にフェラーリやベンツはなかった。所狭しと置いてあったのは建設用機械や道具で、社長車(川村の愛車)もレクサスではなく軽トラ、事務所や倉庫はあっても別荘なんかない。もちろん貸金庫もなければ、畳の下にも(畳がそもそも無いが)壺の中にも、倉庫裏にも、どこからも札束も金の延棒も出てこない。俗に言われる「ブツ」が出てこない。
事務所内にはこれ見よがしに金庫が2台置いてあったが、これは先代からの遺物で、川村自身が気にもしていなかったから、なぜ金庫が2台もあるのかと査察官から尋ねられても分からない。さて、金庫は開けてみたけれど、査察が押収するようなものは何も入っていなかった。
18:00 日没が近づき長い一日が終わろうとしている。
翌日国税に出頭して欲しいと言われた川村は、だったら今から行くから一緒に乗せて行ってよと頼んで、本当に国税調査官の車に便乗させて貰ったが、こういうケースは珍しいらしい。国税局に到着し、取り調べ室に案内されて、川村は今日は帰れないのかなと思ったがその日のうちに帰らせてくれた。
マルサに乗り込まれたのに、一斉捜索20数か所どこからも「ブツ」が出てこないという強制調査に終わったため、これが後々長引く面倒な脱税案件となった。