心震わせる青の都サマルカンドへ 世界遺産を巡る建築視察

SHIBAZAKI

今回の建築視察は、世界遺産にも登録されているウズベキスタンの歴史的建造物でしたね。

KAWAMURA

そう、青の都と呼ばれる「サマルカンド」のタイル装飾の建造物を、建築に携わる者なら一度は見ておいた方がいいと思ってたから

礼拝堂
KAWAMURA

旅程を4泊6日(機内1泊)にするため、直行便ではなく韓国の仁川空港でトランスファーするように組んだから、往復とも仁川での滞在時間が長くなってしまった。

ATSUSHI

でも、仁川空港は凄く活気があって、施設も充実していたから滞在時間が多少長くても全然苦にならなかったよ

KAWAMURA

今やアジアのハブ空港として、残念なことに羽田や成田より仁川空港が上位にあるのがよく分かったよ

世界遺産の古都ブハラへ

シルクロードの重要な交易拠点として栄えたブハラは2500年の歴史をもつ古都、1933年に世界遺産登録された。

KAWAMURA

首都タシュケントから、列車アフラシャブ号でブハラまで約4時間、せっかくの機会だからVIP席購入したかったけど、ゲットできなかった。

アフラシャブ号
SHIBAZAKI

事前予約を依頼したのですが、VIP席は当日販売のみで、当日に席が空いていたら買えるということでした。

KAWAMURA

VIP席といっても、そんなに値段が変わらないんだよ、車室をのぞいてみたけど確かに我々のビジネスクラス席とそんなに変わらなかった笑

SHIBAZAKI

そうでしたか、聞くところによると俳優さんたちが乗っていたりするらしいです。それ興味あるんですけど笑

ブハラ歴史地区

1514年建造のカラーン・モスク(カラーンはタジク語で「大きい」という意味)

KAWAMURA

モスクのてっぺんにある三日月はメッカの方角を指し、礼拝者はその方向に向かってお祈りをするらしい。

雨に濡れた石畳に映るミナレット(塔)・メドレセ(学校)

ブハラからサマルカンドへ

KAWAMURA

ブハラからサマルカンドへは車で5時間ほど

ATSUSHI

スッゲェー大変だったわ、道が悪くて

KAWAMURA

旧ソ連から独立して34年だけど、インフラの整備はまだまだ追いついていない

ATSUSHI

走行中、日本車はほとんど見かけなかったなぁ

KAWAMURA

うん、ウズベキスタンの新車市場は国産のウズオート(UzAuto)が、シボレー中心に圧倒的シェアを持ってるから

ATSUSHI

あー、確かにそればっか見たね

SHIBAZAKI

ウズベキスタンの自動車産業は紆余曲折を経ていますね。チャットGPTに教えてもらったことを要約します。

1991年に旧ソ連から独立したウズベキスタンは、1996年に韓国の自動車「大宇」Daewooとウズベキスタン政府との合弁で「UzDaewooAuto」を設立、その後1997年のアジア通貨危機などから1999年大宇グループが事実上の破綻、2000年に大宇Daewooも整理。UzDaewooAutoは生産継続していたが、2008年に大宇Daewooを買収したGMがウズベキスタン事業も引き継ぎ「GM Uzbekistan」に。以降、大宇Daewoo車がシボレーChevroletブランドに置き換えられていった。しかしその後2019年にはGMがウズベキスタンから事実上撤退、GMの持ち株が政府に譲渡され国営企業「UzAuto Motors」に改称。ただし、シボレーChevroletブランドの使用権は継続され、生産・販売(技術やライセンス、一部部品供給でGMとの関係は継続中)されている。GMが撤退した要因はいくつかあっても、シボレーChevroletブランドは残り、2020年代からはGMの韓国子会社GM Koreaから部品供給を受けている。2023年には国営のUzAuto Motorsと中国のBYDが合弁会社設立、EVおよびPHEV車の現地生産へ。

SHIBAZAKI

ウズベキスタンは天然ガス資源が豊富だとのこと

KAWAMURA

だから石油に依存せずメタンなんだ

SHIBAZAKI

ガソリン価格の半額ぐらいになることもあるんですって

KAWAMURA

でも首都のタシュケントでは、7割がメタンガスで大気汚染が深刻らしい

SHIBAZAKI

それで、今後はEV車の増産へ?

KAWAMURA

まぁ地政学的リスクとかロシアとの関係とか…..複雑な要因が絡んでると思うけど

グル・アミール(アミール・ティムール廟)

巨大なティムール王国を築いたアミール・ティムールが埋葬されているグル・アミール、タジク語で「支配者の墓」を意味する廟の入り口、イーワーン(アーチ状のゲート)の上部に施されているのがムカルナス様式(イスラーム建築で使われる、繰り返し垂れ下がる装飾)の精緻な装飾。その奥に美しいドームをもつ霊廟がある。インドのタージ・マハルもその影響をうけたとされている。

幾何学模様、カリグラフィーを用いた装飾

霊廟は3㎏もの黄金を用いて豪華絢爛に装飾されている。そうして、黄金を塗る下地に使われていたのが「サマルカンドペーパー」、現代の紙のルーツと言われているその製紙技術は中国からサマルカンドへ、シルクロードを伝わって西洋で発展し、現在の洋紙へと繋がっているとのこと。

レギスタン広場

曇りだったのが残念!

ライトアップされたレギスタン広場

シャーヒズィンダ廟群

「生ける王」を意味するシャーヒズィンダ、ティムールゆかりの人々を祀る霊廟群。

ATSUSHI

霊廟が続くこの場所が一番すごかったよ

KAWAMURA

ブルーといっても、いろいろなブルーがあるね

ATSUSHI

よく見るとタイルの技法もいろいろだ

イスラーム建築に見られるタイル技法

イスラーム建築でよく使われている技法にモザイク・マジュリカ・レリーフがある。色彩は青・ターコイズ・紺・白・時には黄が組み合わされている。イスラームでは宗教的に偶像崇拝が禁じられているので、幾何学模様や植物模様(アラベスク)、カリグラフィー(装飾文字)といった抽象的な装飾が発展した。

1.モザイク(Mosaic)は、切り出した釉薬タイルの小片を組み合わせて表現

2.マジュリカ(Majolica)は、光沢のある釉薬を使ってタイル表面に植物模様やアラビア文字を精密に描く技法。

3.レリーフ(Relief)は、タイル表面が浮き彫りになっている。

世界遺産シャフリサーブス

サマルカンドの南80km、標高2000mを超える峠を抜けた先までドライブ、ティムール生誕の地「シャフリサーブス」

ATSUSHI

岩だらけの峠道だった

KAWAMURA

ティムールは、この地への埋葬を望んでいたらしいけど、冬だったから峠を越えるのが無理だったと

アク・サライ宮殿跡、入口の高さ38mある巨大な門と、見事なモザイク装飾からも当時がしのばれる。1380年に着工され、1405年2月のティムール死後まで続けられた。16世紀にアブドゥル・ハンによって破壊され、現在残っているのはこの門だけ。

ATSUSHI

どんな足場組んでたんだろうか

KAWAMURA

工事中を見たかったな笑

KAWAMURA

偉大な軍師ティムールの像、彼がチンギス・ハンに壊滅状態にされたサマルカンドを復活させたんだよ

ATSUSHI

すごいね

瞑想の家

首都タシュケントへ

ATSUSHI

また、ガタゴト道を5時間だよ

KAWAMURA

ATSUSHI

地下鉄構内の壁に宇宙飛行士たちの顔が並んでる駅があった

コスモナフティラー駅

1947年に完成したナヴォイ劇場、建設には第二次大戦後に旧ソ連に抑留された800名を超える日本人捕虜が関わっていた。基礎工事の難易度が高く、地盤改良技術など日本人捕虜の技術が生かされた。その丁寧な仕事ぶりは現地でも語り継がれ、劇場の中にはその功績を称えるプレートが設置されている。

※参考までに「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」 嶌 信彦

ATSUSHI

夜間工事だ

KAWAMURA

外国資本も入って、これからどんどん開発され発展していくのかな

KAWAMURA

街にはまだ旧ソ連時代の建物と、新しいウズベキスタンの建築基準で建てられたものが入り混じってるよ

ATSUSHI

昔の建物の方が強固だって、ガイドから聞いたけど

KAWAMURA

旧ソ連時代は、寒冷地でも耐えられる堅牢なコンクリート建築が多かったと

ATSUSHI

今の建物は、スゲェひどいのもあるな、工事途中で投げ出して崩れそうになってるのとか

KAWAMURA

だから、すごく古くても旧ソ連時代の建物の方が高値で売られている場合もあるって

ATSUSHI

そうなんだ

KAWAMURA

左官屋だからって、左官技術ばかりを見るのではなく、世界中にある素晴らしい建築物、職人たちの手によって築かれた歴史的建造物を、自分の目で見るのは大事だ。

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